古希は長寿のお祝い、十三参りや成人式は若い人たちのしきたり

トップページでは、古希のお祝いの贈り物やプレゼントをご紹介しましたが、日本には様々なお祝いのしきたりがあります。

古希は長寿のお祝いですが、十三参りや成人式は若い人たちのしきたりになります。


■十三参り

「十三参り」とは、数え年で13歳になった男女の通過儀礼として、旧暦の3月13日前後に、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)を安置しているお寺に親子でお参りする行事です。

虚空蔵菩薩とは.虚空を蔵としているかのように、計り知れない知恵と福徳をもたらす菩薩で、 13番目に生まれた菩薩だったため、 13歳になった子どもを連れて、 13日にお参りするようになりました。

この13参りは、今ではほとんど見られなくなりましたが、子供に知恵と福徳を授けてもらう目的で、江戸時代は盛んに行われたといいます。

13歳という年齢は、干支では2巡目(年男)にあたり、男にとっては元服前の「半元服のお祝い」という意味もありました。

また、女の子は初潮の時期と重なる頃なので、 13歳を成女とみなして、初めて本縫いの着物を着せてお参りをしました。

さらには、女性にとって13歳は初めての厄年にあたるので、その厄落としの意味もあったようです。


■成人式

現在は、男女とも20歳になると成人と認められます。

1月15日を成人の日として国民の祝日としたのは1948年からですが、今は1月の第2月曜日になっています。

日本では、古くから男の子が大人の仲間入りをする通過儀礼が行われていて、これが今で言う成人式でした。

すでに682年には儀式として制定されており、奈良時代以降は「元服」と呼ばれるようになりました。

元服の「元」は首、 「服」は着用するという意味であり、宮廷や貴族たちの社会では、だいたい13歳から15歳くらいになると、元服して少年の髪型を成人の髪型に変え、冠をかぶるようになり、着るものも成人の服装に変わったのです。

中世以後の武家時代では、およそ15歳になると男子には元服の儀式があって、それまでの童名(幼名のこと)から大人の名前にかわり、烏帽子という冠を被ることになっていました。

元服の儀式では、父親や、烏帽子親と呼ばれる人に烏帽子を被らせてもらい、彼らから一字を貰って改名しました。

この烏帽子親は、長老や有力者などに頼むのが習わしでした。

やがて江戸時代になると、烏帽子を被る習わしはなくなりましたが、貴族や武士に倣って庶民の間でも、 十八、九歳で元服が行われるようになっていきました。

一方、女の子の場合は、平安時代中期には13歳から16歳ごろになると、垂らしていた前髪を結いあげて髪上げをし、裳(正装の際に着ける衣)を着て、お歯黒をし、眉墨を描くことなどが許されるようになりました。

鎌倉時代以降は、成人女性と認められると、袖留を着るようになり、江戸時代には裳を着たり、お歯黒や眉墨をするのは結婚後となるなど、時代によって女性の大人入りはかなり変化していきます。

いずれにせよ、かつての日本では、男は15歳くらいから、女は13歳くらいから大人扱いされていたのです。

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